大判例

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京都地方裁判所 昭和25年(行)11号 判決

原告 松田倶一

被告 京都府知事

一、主  文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は被告京都府知事蜷川虎三が原告に対し別紙目録記載の工作物につきなした除却命令はこれを取り消す、訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求め、その請求の原因として被告は昭和二十五年七月六日原告に対し原告所有の別紙目録記載工作物(以下本件工作物と称す)は市街地建築物法施行細則第七条所定の指定を受けず築造し交通上支障あるのみならず保安上危険であるとの理由で右工作物を除却すべき旨命令し、同年八月十二日これを代執行した。然し乍ら本件工作物は京都市中京区油小路竹屋町上る大文字町五十七番地所在松田きぬ所有の宅地四十六坪中北寄りの部分十九坪内(以下本件土地と称す)西縁の地点に設置せる高さ三尺幅六尺程度の竹垣様開き戸と右宅地の東縁北寄りの地点に立てかけるようにして設置せる幅五尺高さ六尺程度の可動物件である。本件土地が嘗て私設道路であつたことは原告もこれを承認するが、右私設道路は本件工作物を設置することによつて廃止し、現在は松田きぬ所有の宅地であつて道路ではない。被告は右除却命令において本件工作物設置が違法である理由の第一として市街地建築物法施行細則第七条所定の指定をうけず築造したものであると主張するが、本件土地は幅員一・八米未満であつて細則第七条所定の道路ではなく松田きぬの私有宅地であるのみならず、右細則第七条第一項には道路を開設し又は変更するものは建築線の指定をうけることを要する旨規定し、第二項に右建築線の指定をうけたるときは指定の期日迄に道路を完成し届出でて検査をうけるべき旨を規定していることより考えても、右細則第七条第一項にいう道路の変更中には道路を廃する場合を包含しないと解するのが妥当であり、原告は何等道路の開設変更をなしたものではなく道路を廃止したものであるから、右細則第七条所定の指定をうける必要はなく、かつ又細則第七条所定の指定をうけないで建築物を設置してはならない旨の法規はないから右細則所定の指定をうけないで本件工作物を設置したのは何ら市街建築物法(以下物法と称す)第十七条第三号に違反するものではない。被告は本件除却命令を正当ずする第二の理由として、本件工作物は保安上危険であり、本件土地西裏の住民は一朝有事の際は頗る危険であると主張するが、物法第十七条第一号は文字通り建築物の構造強度等の状態が安全でない場合即ち建築物自体に欠陥がある場合をさすものと解すべきである。法は特に根拠がない限り文字通りに解釈さるべきであり憲法第二十九条の趣旨から考えても本件工作物の所有権は尊重されるべきであり他に明白な法規のない限り財産権は制限されるべきものではなく徒らに法を拡張解釈すべきではない。被告のように物法第十七条第一号建築物自体に欠陥のない場合に拡張解釈すればデパートの如き巨大な建物が築造されその為多数の住家が日蔭となり不衛生な場合には理論上多数日蔭住民の衛生のため同条第一号を適用して右デパートの除却を命じなければならないことになつて頗る不合理である。従つて物法第十七条第一号は文字通り建築物自体に欠陥がある場合に限り適用あるものと解すべきであるが、仮に被告の主張が正当であるとしても本件土地は西側七丁目通りとは前記高さ三尺幅六尺程度の竹垣様開き戸で接し、東側油小路通りとは高さ六尺幅五尺程度の板塀で接し、右開き戸、板塀はいずれも可動物件であつて少し強く押せばすぐに壊れる程度の脆弱な工作物である。被告は一旦危急の場合に本件土地西側七丁目通りと東側油小路通との連絡が困難であることを理由として本件工作物が保安上危険であると主張するが、かゝる危急の場合には前記開き戸、板塀の門を通じて容易く西側七丁目通りと東側油小路通とは連絡できるのみならず、右開き戸板塀は、容易く破壊しうるものであるから、本件工作物の存在が西側七丁目通り住民の保安を害するとは考えられない。被告は更に本件工作物設置が物法第十七条に違反し除却命令の対象となる理由の第三として物法第九条によれば、すべて建築物は建築線を突出して建築することはできないことになつているのに本件工作物はすべて右建築線を突出して築造されていると主張するが、右の被告主張事実は本件除却命令には記載されていなかつたものである。およそ行政処分取消訴訟事件において行政処分の理由に挙げてなかつたものを遽かに訟廷で示して該行政処分を正当すけることは不適法として許されないものと信ずるが仮に右被告の主張が許容されるとしても本件土地は宅地であつて道路ではなく、仮に道路であるとしても幅員一・八米未満であるからいずれにしても本件土地には建築線は存在せず、仮に本件土地が物法にいわゆる道路であり建築線が存在するとしても原告は右道路を廃止したのであるから建築線はその存在の意義を失い消滅したものと解すべきであるから被告の右主張はあたらない。被告は本件土地については物法第七条同法施行細則第六条の直接効果として道路の中心線から二米後退したところに建築線が指定されたことになつており本件工作物はすべて右建築線を突出して築造されたものであると主張するが、被告主張の如く本件土地が物法にいわゆる道路であると仮定しても右施行細則第六条と物法第七条とを統一的に解釈すれば細則第六条は被告主張の地点に建築線が指定されるべきであるという当為を規定しているのみであり物法第七条による行政官庁(府知事)の具体的指定がない限り建築線の指定があつたと解することはできず、建築線は施行細則第六条の直接効果として被告主張の位置に当然指定されるものではなく細則に定められる種々の例外規定を考慮して物法第七条により各道路毎に個別的に指定せらるべきものである。従つて本件土地には被告主張の如き建築線は存在せず、建築線の存在を前提とする被告の主張はあたらない。以上の如く本件工作物設置は物法第十七条各号のいずれにも該当せず、従つて本件工作物除却命令は法的根拠を欠く違法のものであるが、原告は更に右却除命令が憲法に違反するものであると主張する。すなわち松田きぬ所有の本件土地を七丁目通りの住民等が無償で通行しうる権利があるかどうかは純然たる私法上の問題であり、元来民事司法裁判所の解決に委ねるべき問題であるのに行政官庁である京都府知事が司法裁判所の右権限事項を実力的に代行して前記住民等に本件土地を通行すべき私法上の権利ありと判断し、この判断を執行するため行政命令を出し、本件工作物を撤去することが許されるとすれば本件土地通行権の紛争については司法裁判所の存在は有名無実となり原告が右通行権の紛争について司法裁判所の判断を求めても前記除却命令が有効である限りは無意味に帰することゝなり、従つて本件土地西裏住民等を通行せしめるため本件除却命令を発せる被告の行為は実質的には憲法第七十六条第一項に違反し原告より憲法第三十三条の権利を奪うものであると述べ、被告の本案前の抗弁に対し、物法第二十二条は物法に基いて発する命令に規定したる事項につき行政官庁のなしたる違法処分により権利を毀損せられたりとする者は行政裁判所に出訴することを得ると規定し、同法第二十一条但書には右により行政裁判所に出訴することを得る場合は主務大臣に訴願することはできないと規定されている。もつとも日本国憲法の施行以来行政裁判所は消滅し、行政事件も民事刑事事件と同じく司法裁判所の管轄に属することゝなつたが、行政裁判所が消滅し行政事件についての法律上の争訟がすべて司法裁判所の管轄に属することゝなつたことの一事を以て物法第二十一条第二項の趣旨に影響を及ぼすものではなく原告が行政機関である府知事の違法処分により権利を毀損せられたりとする本件においては物法第二十二条、同法第二十一条第二項の趣旨により主務大臣に訴願することは許されず、結局訴願が認められていないと解するのが正当である。又国家行政組織法並びに地方自治法第百五十一条によると都道府県知事は所属行政庁並びに市町村長の処分を取り消すことができるが、主務大臣には地方自治法第百五十一条に対応する規定がなく国の機関としての都道府県知事の処分を取り消すことはできないことゝなつている。本訴は国の機関としての京都府知事に処分の取消を求める訴である。被告は本訴の前提として主務大臣に訴願すべきであると主張するが、本訴の前提となるべき訴願は右府知事の行政処分の取消を求めることを目的とするものであらねばならず被訴願庁である主務大臣には右の如く府知事の行政処分を取消す権限がないことは明らかであるから、結局右の如き訴願を主務大臣に対して為すことはできないものと解すべきである。もつとも主務大臣に府知事に対し処分の取消を命ずる命令の発動を求めることを趣旨とする訴願をなすべきであるとの見解が存するかも知れないが、右の趣旨の訴願をなすことは理論上誤りであるのみならず、右命令には拘束力がなく畢竟主務大臣には争訟解決の権能がないのであるから本件の場合はいずれにしても訴訟の前提として主務大臣に訴願すべきであると解するのは妥当でない。従つて訴願を経ないで提起された本件訴訟は適法であると述べた。(立証省略)

被告訴訟代理人は本件訴訟を却下するとの判決を求め、右理由のないときは原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求めると申し立て、本案前の抗弁として本訴は物法に基く被告の行政処分の取消を求めるものであるが、同法第二十一条第一項によれば、物法に基いて行政官庁のなしたる処分に対し不服あるものは訴願することができることゝなつており、行政事件訴訟特例法第二条によれば訴願のできる場合にはその裁決を経てからでなければ訴を提起できないことになつている。本訴は物法に基く府知事の行政処分に対し権利を毀損せられたりとする原告が、右行政処分の取消を求める訴であるから先ず主務大臣に訴願してからでなければ訴を提起できないのに、原告は右訴願を経ないで本訴を提起したものであるから、本訴は訴訟要件を欠く不適法なものとして却下せらるべきである。原告は市街地建築物法上は府知事の処分に対しては主務大臣に訴願することは許されないものであるから、本件訴訟につき訴願をしないで直ちに訴を提起したことは適法であると主張しているが、物法第二十一条第二項、同法第二十二条の規定は帝国憲法のもと、行政裁判所による行政訴訟を認める制度のもとにおいて行政訴訟と行政処分との関係を定めたものであり新憲法の施行と同時に廃棄に帰したものである。従つて同法第二十一条第一項、行政事件訴訟特例法第二条により府知事のなした本件除却命令に対しては先ず主務大臣である建設大臣に訴願し、その裁決を経てからでなければ訴を提起することができないのに原告は右訴願を経ないで出訴したものであるから本訴は不適法として却下せらるべきである。尚原告は主務大臣は国の機関として府知事のなした行政処分を取消す権限を有しないから主務大臣に対する訴願は許されないと主張するが、主務大臣は国家行政組織法第十五条に基く監督権の当然の効果として府知事が国の機関としてなした行政処分を取消しうるものである。仮に右取消権がないとしても主務大臣は国の機関としての府知事の行政処分に対する訴願裁決庁であるから、いずれにしても府知事の右処分に対し不服あるものは主務大臣に訴願しうるものであると述べ、本案の答弁として本件工作物が原告の所有であること、被告が原告主張の如き除却命令を発し、かつこれを代執行したことは認めるが、その他の原告主張事実はすべて争う。原告が本件工作物を設置したのは原告所有宅地のうち北縁約十九坪余であるが、この部分は古くから道路として一般公衆の通行に供せられていたものであり原告の前所有者もその通行については何ら反対の意思を表示したこともなかつた。然るに昭和二十二年末頃原告が本件土地をその前主から買いとり昭和二十四年初頃一般通行を妨害する本件工作物をなしたものであるが、本件土地の西裏七丁目通には十数戸の家屋があり従来主としてその住民等が油小路通りへ出る際に本件土地を通行していたが右工作物設置によつてその通行を妨害され、ために西裏七丁目通りの住民等は通行の不便は勿論一旦危急の際には頗る危険な状態にさらされることゝなり、かゝる意味において本件工作物は保安上危険である。のみならず物法第九条によれば、すべて建築物は建築線を突出して建築することはできないことになつており、その建築線は物法第七条により道路境界線を以て定められ或いは府知事の指定により定められることになつている。而して本件土地については物法施行細則第六条により道路の中心線から各二米後退した線を以て建築線が指定されており、本件の工作物はすべて右建築線を突出して築造されたもので、この意味において本件工作物は物法第九条に違反する。原告は本件土地は宅地であつて道路ではないが仮に道路であるとしても原告はこれを廃止したものであるから物法にいわゆる建築線なるものは存在しないと主張するが、道路を廃止するときには物法施行細則第七条により建築線の指定をうけ、これにかわるべき道路を変更乃至開設してからでなければならないのに右新建築線の指定をうけていないから従前通りの道路として物法第十七条の適用をうけなければならない。よつて以上いずれにしても本件工作物は物法第十七条第一、三号に該当するので除却を免れないものであると述べた。(立証省略)

三、理  由

被告訴訟代理人は本訴は訴願を欠く不適法な訴であるから却下せられるべきであると抗弁するので先ずこの点について判断する。

市街地建築物法第二十一条第一項によれば「本法又は本法に基いて発する命令に規定したる事項に付行政官庁の為したる処分に不服あるものは」一般に訴願することができることゝなつており、同法第二十二条によれば「右事項につき行政官庁のなした違法処分により権利を毀損せられたりとするもの」は行政裁判所に出訴することができる旨の規定があり、更に同法第二十一条第二項によれば「本法により行政裁判所に出訴することを得る場合においては主務大臣に訴願することを得ず」とされ、行政裁判所制度を存置せる旧帝国憲法の下においては物法第二十二条により行政裁判所に出訴しうる場合には訴願はなし得ないものとされていた。もともと行政上の争訟手段の一つとして正式の訴訟を認めるかどうか、これを認めるとして、どういう形式でどういう範囲でこれを認めるかは立法政策の問題であるが、旧憲法においてはその第六十一条に「行政官庁の違法処分により権利を侵害せられたりとする訴訟で別に法律を以て定めたる行政裁判所の裁判に属すべきものは司法裁判所において受理するの限りに在らず」と規定し、行政裁判所を司法裁判所より区別し行政事件審理のために別に行政裁判所を設置することゝし、これに基き行政裁判所法によつて行政裁判所の組織及裁判手続を定め別に「行政庁の違法処分に関する行政裁判の件」その他の特別法によつて行政訴訟を提起しうる事項を列記していた。然るに新憲法の施行と同時に施行された裁判所法第三条には「裁判所は日本国憲法に特別の定ある場合を除いて一切の法律上の争訟を裁判しその他法律において特に定める権限を有する」こと「前項の規定は行政機関が前審として審判することを妨げない」と規定し日本国憲法の精神に基き行政事件もすべて原則として司法裁判所の管轄に属すべきことを明らかにし行政事件の裁判手続は別に「行政事件訴訟特例法」に従つて運用されるべきことゝなり、こゝに旧憲法下における行政裁判所は消滅するにいたつた。而して行政事件訴訟特例法はその第二条において「行政庁の違法処分の取消又は変更を求める訴はその処分に対し法令の規定により訴願審査の請求異議の申立その他行政庁に対する不服の申し立のできる場合にはこれに対する裁決、決定その他の処分を経た後でなければこれを提起することができない」と規定し、いわゆる訴願前置主義を採用し、およそ訴願をなしうる場合には原則として予め訴願をなし、その裁決を経てからでなければ出訴できない旨規定された。行政裁判所制度が存在せる旧憲法の下においては物法第二十二条の場合には訴願の道はなく単に行政裁判所に出訴しうるのみとなつていることは前記の如くであるが、行政裁判所制度が消滅し、行政事件を含め、およそ法律上の争訟については司法裁判所がその管轄を有するにいたつた現今において、右物法第二十二条、第二十一条第二項にいわゆる行政裁判所を司法裁判所と読みかえるについては右読み替えを正当ずける法律の根拠規定その他特別に合理的な根拠のない以上右行政事件を含め、およそ法律上の争訟については司法裁判所がすべてその管轄を有するにいたつたことの一事を以て前記法条にいわゆる行政裁判所を司法裁判所と読み替えるべきであると解するのは妥当でない。よつて物法第二十二条、第二十一条第二項の規定は行政裁判所の消滅と共に存在理由を喪失したものと解するの外はなく、同法第二十一条第一項により物法に基いて発する命令に規定したる事項につき行政官庁のなしたる処分に不服ある者は一般に訴願できると解するのが妥当である。このことは旧憲法、行政裁判所制度の下において、訴願、行政裁判所出訴の事件がいずれも行政権内部の機関によつて処理されたことに鑑み新憲法下行政裁判所廃止の現今においても行政事件についてはできるだけ行政権に自らの反省の機会を与えるべきであるという考え方からしても行政事件における法律的争訟解決を行政権とは全く異質の司法裁判所の判断に委ねる前に行政権内部の機関に今一度反省の機会を与えるため訴願せしめるのが妥当であると考えられる。而して物法に基いて府知事のなす行政処分は府知事が国の機関としてなすものであり、主務大臣は国家行政組織法第十五条により府知事を指揮監督することができ、府知事は地方自治法第百五十条により主務大臣の指揮監督をうけるものであるから、右行政処分につき主務大臣は府知事の直接上級官庁であると解すべく、物法に基く府知事の行政処分に対し不服ある者が訴願しうることは前記の如くであり、かつ又府知事の右行政処分に対する訴願裁決庁として特別の機関の定めがない本件においては訴願法第二条第一項により主務大臣を訴願裁決庁と解すべきである。訴告は府知事の行政処分に対して主務大臣に訴願することは法律上許されないと主張するが府知事の前記行政処分に対する訴願裁決庁が主務大臣であること右の如くである本件においては特に主務大臣に府知事の当該行政処分を取消しうる旨の明文がなくても訴願しうるものと解するのが正当である。よつて本件においては原告は行政事件訴訟特例法第二条により訴願の裁決を経てからでなければ出訴できないことゝなるが、前記の如く本件は旧憲法下においては訴願することが許されず、専ら行政裁判所に出訴すべき事項であつたものが、新憲法、行政事件訴訟特例法の施行、行政裁判所制度の廃止など終戦後の目まぐるしい法律制度の改変とともに訴願を経てからでなければ司法裁判所に出訴することができない旨その性格を一変したのみならず、右については種々困難な解釈上の問題を蔵し、右に反する学説も存する実情のもとにおいて一般人に前記諸規定の適正なる解釈を期待するのは酷にすぎ、原告が本件につき依然訴願はできないものと即断し訴願を経ないで本訴を提起したことについては行政事件訴訟特例法第二条但書にいわゆる「正当な事由」あるものと解すべきであるから被告の本案前の抗弁は理由がない。

よつて本案について判断する。別紙目録記載の本件工作物が原告の所有であること、原告主張の日時にその主張の如き除却命令が発せられ右命令が代執行されたことは当事者間に争いがない。而して証人湯浅幸二、同木村賢治の各証言並びに検証の結果によれば、本件工作物が設置せられた本件土地は以前より通路として一般公衆の通行の用に供せられ昭和十年頃には右通路の南側に油小路通りに面して理髪店が一軒と、その西裏に入口を本件土地に面して原告所有の家屋が建てられており、昭和十年当時右通路には小型の自動車、馬車、荷車等が油小路通りと七丁目通りの連絡路として本件土地を通行していたこと、本件土地の東は油小路通に西は七丁目通の南端に接し、右七丁目通りの南端は本件土地を除いては袋小路となつて北方にのみ通行しうるようになつており、右袋小路となつた部分の南端に二軒、西側に十三軒の住家があること、右七丁目通から油小路通へ出るにはその南端から約六〇米北方せる地点より東方に通ずる三段の階段のあるコンクリート道(従つてこの通路は車馬の通行が困難である)の外には本件土地以外にないこと、除却の対象となつた本件工作物は本件土地の東端油小路通と境を接する個所に該けられた高さ約二米、幅約二米の板塀と西端七丁目通と境を接する個所に設けられた高さ約一・一五米、幅約一・六六米の竹垣であつて、これにより以前より通路として一般公衆の用に供されて来た通路を現実に閉塞したものであること、もつとも右設置された本件工作物は危急の場合には足蹴にする等強度の物理的力を加えるときには破壊することができ、これにより七丁目通から油小路に出ることが可能ではあるが、前記の如く七丁目通の南端は本件土地に接続して油小路通に連絡する以外は完全な袋小路となつているので本件工作物を設置して右油小路通への連絡口を閉塞することにより七丁目通りに住む前記住民等は日常生活上強度の不便乃至苦痛を感ずるのみならず、危急の場合例えば七丁目通北端より出火などの如き場合には本件土地を除いては脱出するに由なく心理的な脅威のみならず現実の危険が多分に存すること、従つて本件工作物設置は保安上危険であることを認めることができる。右に反し証人伝川タカ、同松田文治郎の証言中本件土地西裏七丁目通附近から火が出るとか地震が起きたと仮定しても本件土地を通つて東方油小路通に出るには本件工作物があつても表の東方油小路通に面する板塀は少し押せば倒れる程度のものであり裏の西方七丁目通に通ずる竹垣は蝶番になつていてすぐに開くので何ら危険はない旨の部分はたやすく心証を惹くに充分でない。原告は本件土地は宅地であつて道路ではなく仮に道路であつたとしても道路を廃止し、私有宅地内の庭地乃至空地に外部からの暴力乃至犯罪を防ぐ為本件工作物を設置したものであるから本件工作物設置は適法であると主張するが、本件土地が以前に私設道路であつたことは原告も認めるところであり、従前から一般通行の用に供せられていたことは前記認定の如くであり、その廃止については原告が本件工作物をその南端に設置することにより、右道路を現実に閉塞したことは認め得ても適法な手続を経て右道路を廃止したことは本件口頭弁論の全証拠によつてもこれを認めることができないので本件土地は依然私設道路として一般公衆の用に供せられるべきものと認定するの外はない。原告は本件工作物は容易く開閉することができ、且つ危急の場合には簡単に破壊することができるのみならず物法第十七条第一号にいわゆる保安上危険というのは建築物自体に物理的瑕疵があつて危険である場合を指すものであると主張するが物法第十条第一号にいわゆる保安上危険とは建築物自体に物理的瑕疵がある場合のみならず、当該建築物の位置、周囲の環境などその他諸般の状況を考慮して決定せらるべきであり、市街地における建築を合理的且安全に規律統制しようとする物法の精神と本件土地を閉塞せられることにより附近住民が危急の場合に現実の危険を余儀なくされる本件の具体的事情を考慮するとき本件工作物設置は右法条にいわゆる保安上危険であると認めるのが妥当であり、原告が例示せる如く巨大なデパート建設によつて附近住民が日蔭に住むことを余儀なくされる場合と本件の場合とは前者が空間を極度に活用しなければならない近代都市生活の要請から法の許容する範囲程度において認容しなければならないのとは本質的に異るものがあるといわなければならない。原告は更に本件工作物除却命令を発せる被告の行為が憲法違反である理由として本件土地は元来私人の私有地であり、七丁目通の住民が本件土地を通行しうるかどうかは純然たる私法関係であつて本来司法裁判所にその解決を委ねなければならないにも拘らず、行政機関である府知事が七丁目通の住民に本件土地の通行権ありと認定して、本件除却命令を発したのは本来司法裁判所の管轄に属すべきものを行政機関が代行したことゝなるから実質的に憲法第七十六条第一項、同第三十二条に違反すると主張するが、府知事が本件除却命令を発したことが仮に原告主張の如く七丁目通住民に本件土地の通行権があると認定したことゝなると仮定しても、右は行政機関たる府知事が終審として判断せるものではなく、原告は右府知事の判断に不服があれば適法な手続を経た後これに対し司法裁判所に出訴してその判断をうけ得ることは前記の如くであるから、右府知事のなす行為は司法裁判所の権限を剥奪するものではなく又国民が裁判所において裁判をうけうる権利を原告より奪うものでもないから右原告の憲法違反の論はあたらない。

よつて本件工作物が保安上危険であるという理由に基き、物法第十七条第一項に基き、府知事のなした本件除却命令は原告主張の他の違法原因事実の存否にかゝわらず結局正当であるのでこれが違法であることを前提とする原告の本訴請求は爾余の判断をなすまでもなく理由がないのでこれを棄却することゝし訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 青木英五郎 石崎甚八 栗山忍)

(別紙目録省略)

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